むかし、池田町の中鵜に、作兵衛というわかものが住んでいました。朝からばんまで、田んぼや畑に出て,ねるまもおしんで
、よく働きました。
ですから市場へ,やさいをもっていっても、ほかの家のものより、よく売れました。
でも、作兵衛は、自分でたべるものは買ってきてたべますが、近所の人に「これたべてくんな」と、あげることは、
いちどもありませんでした。
村の人々は、そんな作兵衛のことを「欲作」とよんで、あいてにしませんでした。
ある日、遠くの山おくの村からきたというおばあさんが、このあたりでは、見かけない、美しいむすめをつれて、たずねて来ました。
「おめさんか、『めしもくわずに、働くよめをさがしている』と、聞いたでな。
そんなら、おらのむすめの”おと”がいいと思って、つれて来ただよ。
なににもくわずによく働くで、ぜひ、よめさにしておくんな」と、いいました。
ちょうど、ひるごはんの時でしたので、さっそくためしてやろうと、作兵衛は、ごはんを山もりのように茶わんにもって
食べてみせましたが、むすめのおとは、 気にもとめず、うらやましいかおひとつしないのです。
「おい、おとや。わりゃ、ほんとうに、くわねえでいいのかや。」と、聞いても、おら、くいたくねえだ。そんなものくえば、
死んでしまうだ。」と、いって、顔をそむけてしまいました。
(こりゃ、ほんとうに、めしをくわねえだな。作兵衛は、そう思いましたので、ばあさま、いいむすめをつれて来てくれた。
きょうから、おらのよめさんになってもらうで」と、いいました。
おとは、朝はやくから、夜おそくまで、作兵衛といっしよに働きまとした。そのうえ、よく気がつき、
作兵衛がなにをほしがっているかまで、すばやく見ぬいてしまいました。
しかし、だんだん月日がたつにつれて、なんだか気みがわるくなってきました。(よし、ひとつ、ほんまになんにもくわねえか
どうか見てやらずよ) 作兵衛は、ある日、「きょうは、大穴山へ、草かりに行ってくるからな。」と、
おとにいって、山へ出かけたふりをして、そうっとかくれて、見ていました。
しばらくたつとおとは、おおきななべに、あふれるくらいたくさんのごはんをにました。
(あんなにたんとのめし、どうするだや)おどろいて見ていますと、おとは、頭の毛をかきわけ、耳までさけた大きなあなに
どんどんごはんを、ほおりこみはじめました。
(こりゃ、おれの食べる十日分もあるわい。なにもくわねえなんて、うそこいていた)
作兵衛は、いきなりおとの前にとびだしていき、「やい、おと。おめえのしたこと、みんな見てしまったが、
よくもいままで、だましていたな、さあ、この家から出ていけ。」と、どなりました。
それでもおとは、おちついてたもので、おらのしたこと見られたのでは、出ていくのいやだわね。」と、
目をぎょろぎょろさせてにらみました。 作兵衛はこわくなって、「おらとこは、おとがしっるように、びんぼうだ。
たんと、ほしいといわれても、こまるが、一つだけならなんとかするて、いってみろ。」と、いいました。
「それじゃあ、えんりょなしにいうがね。ふろおけを、くれておくりや。」
「ふろおけか。そんなもんでいいだかや。そんなら、いますぐにでも、おけやにたのんで、やるでな。」
まもなく、ひのきの新しいふろおけが、とどきました。
「まあ、みましょや、いいふろおけじゃねえかい。ぷんぶんと、ひのきのにおいがするじ。」
おとが喜んでいうので、作兵衛もふろおけのそばにいってみました。
「どうだい、この中もよくできてているに、いちど入ってみましょ。」「そうかや。おめえが、
そんなに喜んでいうなら、へえってみるかいなあ」と、作兵衛は中に入り、しゃがんでみました。
ひのきのにおいがして、手でさわったかんじは、なんともいえないものでした。
(こんなにいいふろおけを、くれちまうなんて、もってねえなあ。」うまくだまして、
もっとおぞいのをくれてやるかな)そんなことを考えながら、あちこちを、手でなでまわしていたときです。
ふたが、ばたんとしめられて、ふろおけは、ぐらりと動いてもちあがりました。
おとが、ふろおけをしょって、走りだしたのです。
「おい、こら!。おろせや。どこへ行くだや。おとや、おと・・・・。」
作兵衛が、ふろおけをどんどんたたいていっても、とまるようすがありません。
(なんとか、にげだすては、ねえもんずらか)と、思っていると、「ああ、くたびれたぞよ。いっぷくしていかずよ。」と、
いう声が聞こえ、どしんと、ふろおけごと、地めんにたたきつけられました。
そのひょうしに、ふろおけのふたが、少しずれました。
作兵衛は、そのすきまから、上を見ますと、木の枝があったので、そうっとふたをずらしました。
そして、ありったけの力をだして、枝につかまりにげだすと、 木から木へとびうって、
そばのよるぎやしょうぶのたくさんはえている沼に、にげこみました。よもぎのやぶのすきまから、
おとの方を見て、びっくりしてしまいました。それは、みるもおそろしい赤鬼でした。
(これが、うわさに聞いていた八面大王のけらいの鬼か、よかったぞよ。
このまんまつれていかけたら、 くわれちまうとこだったわい。)と、からだをぶるぶるふるわせました。
「どおれ、あんまりたんと休んでいると、なかまのところへ行くのが、おくれちまうわ。さて行かず。」
赤鬼はふろおけをしょいましたが、あんまりかるいので、ふしぎに思い、ふろおけをゆすりましたが、
中からは、ことりとも音がきこえません。「はて、どうしちまっただや。にげたわけでもあるめえに。」と、
ふたをとってみますと、作兵衛はいません。「さては、にげたか。」
赤鬼は、あたりをさがしましたが、よもぎやしょうぶの強いにおいのため、人間のにおいがけされてしまい、
作兵衛を見つけ出すことができませでした。
「ああ、たすかった。」作兵衛は、ほっとして家にかえりました。ちょうどこの日は、6月4日でした。
作兵衛は、それからというもの、鬼にまたこられてはこまるので、玄関の入り口に、よもぎとしょうぶを、さしておいたということです。
筑摩野の民話より
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